学習意欲と教育の関わり。

2011-03-09
学習意欲の高め方は、その基礎にある理論によって異なる。
内発的動機づけ(内からの動機づけ)を重視する立場の人々は、子どもは本来学習しようとする生得的動機をもっている
とみなしている。幼児の生活をみると、目に見える特別な報酬がなくても、子どもが探索しながらいろいろの知識、技能を
学んでいるが、これもそのあらわれだと主張する。しかし、学校や家庭で学習しようとしない子どもがいるのも事実である。
また、内発的動機づけを強調する人々は、それはおとなが形式的、画一的な学習を強制することによって、子どもの学習しようとする
生得的傾向を抑圧しているからだという。この立場では、構造化され、系統化された教育課程をもった伝統的な学校が悪いとし、子どもの自発性、
興味、関心を重視するオープン・スクール、オープン教室のようにゆるやかな構造をもった教育的環境に子どもをおくことを勧めている。
これに対して、外発的動機づけ(外からの動機づけ)を強調する立場では、子どもが学習したいと思うときに好きなものを自由に学習させていたのでは、
必要な知識、技能が学習できないと考え、計画的な指導を重視し、学習意欲も教師が賞罰を与えたり、競争させたりすることによってひきおこされると
主張する。しかし、学習意欲がすべて生まれながらにそなわっていると考えるのも誤りであるし、逆に、それを外からの動機づけによって自由に操作
できると考えるのも誤りである。そこで、実際には、伝統的な学校教育の中で、オープン形式の特徴を生かし、できるだけ内発的動機づけに基づく自発的、
自主的な学習を促進しようとしている。そして、すべての子どもが学習しようという意欲をもつためには、内発的動機づけだけでなく、外発的動機づけも
必要であると主張する。つまり、子どもの知的好奇心や興味に訴えるだけでなく、賞罰や競争などによって学習意欲をひきおこすことも必要だと考える。
このことは、わが国のこれからの教育にもあてはまる。今回の教育改革では、画一化から多様化へ、教師主導から児童の自己活動へ、知識から体験へ、
記憶から思考へ、相対評価から絶対評価へと重心を移している。そこでは、外発的動機づけよりも内発的動機づけを重視する傾向が強い。確かに、子どもの
自発性、自主性、興味、関心を重視する考え方は正しいが、しかし、それも行き過ぎになると問題である。やる気の出るまで待っていたのでは学習がおこらない
こともあるし、子どもの好きなことを学習させているだけでは、場当たり的な学習になり、進歩がおこらないこともある。逆に、初めは親にいわれて、いやいや
ながら習いごとをしていても練習によって進歩がおこると興味をもち、自発的にやるようになることもある。
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